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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

タイムマシン・遊郭を行く

               ≪九月三日≫     ―燦―



  外がすっかり暗くなって、午前中講義を受けた名無(先生)に

連れられて、チェンマイの遊郭を見て歩く事にした。


    先生「タイを知るには、遊郭を知らないと何も語れないから

         ね。」


    俺 「お願いします。大丈夫ですかね?」


    先生「何がだね。」


    俺 「・・・・。」



  先生「チェンマイの友達に逢う事になってるから、一緒に行こ

        う。」


    俺 「ハイ!お願いします。」


 待ち合わせ場所の寺院へ向かう。


 寺院までは歩いて10分ほど、歩く道すがらも先生の話は止まらない。



  先生「ここでは、二階建ての立派な家が、日本円で15万円で建

         つんだぜ。」


    俺 「十五万円ですか!俺の給料が手取りで77000円でしたか

        ら、極端に言ったら・・・・たった二ヶ月分の給料で家が

        建つって言う事なんですね。へ~~~~、凄い事です

        ね。」


    先生「ここの平均的なサラリーマンの給料が15000円位か

         な・・・・・、学校の校長先生くらいで30000円なんだか

         ら、この国の物価がいかに低く、いかに安定してきたか

         が分かるだろ!俺なんかここ十年、毎年この国へ来てる

         けど始めてきたときと、さほど物価が変わっていないっ

         て言うのが凄いんだ。それだけ進歩がないといえばそう

         なんだけど、我々ヒッピーみたいな者にとっては素晴ら

         しいところなんだよ。」



  寺院に到着して、友達がまだ来ていないという事で、寺院の中

を見て回る。


 国宝級だというのに、立ち入り禁止の立て札もなく、拝観料も取ら

ず、警備する人もいない。


 寺院の庭では、バスケットにこうずる子供達の歓声だけが、静かな寺

院にこだましている。



  子供達のバスケットを眺めていると、先生の友達がやって来

た。


 若いタイ人だけど英語が流暢だ。
 先生とその友達は英語で話し

ている。


 先生に友達を紹介され、握手を交わす。



    友達「まだ時間がありますし、人通りも多いから食事をし

          てから見て歩く事にしましょう。」


 我々は友達の言葉に従った。


 食堂は寺院から歩いて10分ほどの所にある。


 途中、チェンマイ大学の学生寮を横目に見ながら歩いた。



    友達「我々にとっては、憧れの園なんですよ。」


 言いながら友達が笑った。

  
    友達「これから行く食堂には、女子学生が良く集まる所で

          す。学生が来る所ですから、安くてボリュームがあっ

          て美味しいですよ。」


 暗くなった一角に、明々と灯りのついた食堂が姿を現し、学生が出た

り入ったりしている光景を目にする。


 我々はそんなザワザワしている食堂へ導かれて行く。



                 *



  食事を済ませて、先生とその友達の三人で南へ歩き出した。


 方向音痴の俺は、今何処を歩いているのかわからなかったが、二人の

男に身を任せた。


 そして、ドンドン歩くと、狭くなった路地に出た。


 周りはすでに真っ暗。
 目が慣れるまでは、すぐ横にいるはずの

二人の姿が、ボンヤリと気配が分かるほどの暗さだ。



  目が慣れてくると、ボンヤリとではあるが、周りの状況が分か

ってくると、そこは異様な光景ばかりが目に入ってくる。


    友達「そこがそうだよ!」


 友達がボソッと暗闇を指差した。


 その方向へ目をやると、トタン板を張り巡らせた背の高い(二メート

ルほどの高さ)塀ばかりが見える。



    友達「塀の中ガそうだ。」

  
    俺 「どうやって、入るんです?」

  
    友達「ホラ!あそこに人が立っているだろ!あそこが入り

          口さ。もちろん鍵がかけられていて、客が入りたい

          と合図を送ると客を確かめて、鍵を開けてくれて中に

          入るんだ。」

  
    俺 「何で鍵を?」

  
    友達「この間のクーデター以来、なかなか厳しくなって

          ね。私服の警察が取り締まっているんだ。60バーツと

          70バーツ(900~1050円)の高級遊郭なんかは、警察に

          ワイロを渡しているから、それほど取締りが厳しくな

          いんだけど、この辺みたいな安いところは賄賂を出せ

          ないから、しょっちゅう摘発を受けるんだ。だから、

          見張ってるってわけ。」

  
    俺 「何処でも賄賂ってあるんだ。」

  
    先生「こういったところは、衛生的にも美観的にもこの国

          の恥部ってわけ。警察としては、高級遊郭と言う所は

          見てみぬふりして、安い遊郭は目の敵にしてるってわ

          け。だから・・・気をつけなくてはいけないんだ。」 
  
    俺 「ちょっと、怖いね。」

  
    先生「まあ、日本人でここへ来る奴は、よほどの通だけ

          ど、皆病気が怖くて敬遠してるよ。そのほうが利口だ

          けど。どうだい!入ってみるかい。」

  
    俺 「ここまで来たらね。」



  友達と先生が入り口近くにたっている人と交渉を始めた。


 入り口はすぐ開けられた。


 三人はドンドン塀の中に入って行く。



                   *



  塀の中の庭らしき所を通り、小汚いドアを開けるともうそこが

遊郭の世界だった。


 四畳半ほどの広さの部屋に、木製の長椅子がいくつも壁際に並べら

れ、四、五人の女の子たちがちょこんと座っているのが見える。


 今まで楽しそうに話していたが、俺達が入ってきたのを見つけて、そ

のままの姿勢でこちらに顔を向け・・・一瞬こわばったように見えた。



  警察ではなく客と気がつくと、さっきまでの笑顔で俺達を迎え

てくれる。


 年の頃は、14、5歳だろうか。
 それ以上にふけているようにも見

える。


 部屋の中は、まるで豚小屋のようだった。


 電気も暗くしてあり、部屋から続いている廊下も途中で見えなくなっ

ている。


 その廊下の両脇には、客を取らせる個室が、みすぼらしいドアを目印

にいくつも並んでいるのが見えた。



    先生「今夜は給料日の後だから、随分売れてるみたいだな

           ー!あんまり良い子がいないな!」


 先生とその友達はそういいながら、女を買う素振りをまるで見せな

い。


 そんな中二人は少女達の横に座りなにやら話を始める。


 楽しそうに、まるでそこが遊郭だという事を忘れるほど、和やかに何

かを話し込んでいる。



  時々通る、地元の青年と目が合った。


 彼らは入るとすぐ、少女達を指名して、個室の中に消えて行く。


 やりきれない思いが、俺の脳裏をかすめていく。


 しかし、少女達にとってはここの生活だけが、家族や自分の糧なの

だ。



  我々はこんな遊郭を4、5軒まわった。


 その中で、少し華やかさがある遊郭で座っているときだった。


 今までにこやかに話していた女の子たちが急に、騒ぎ出した。


 それを見た先生が叫んで、我々の手を引っ張った。


    友達「警察だ!逃げよう。早くしろ!」


 冷たいものが背中を走った。



    俺”こんな所で捕まってたまるか!”


 そう思うと、必死で先生の後を追った。


 午後十時ごろ、明るい塀の外へ出ると、三人は何事もなかったように

ゆっくりと歩いた。


 まるで別世界を一瞬往来してきたように。


 タイムマシンから出てきたように平然と歩いた。


 そっと、胸をなでおろす。



  先生と友達とは、PKハウスの前で別れた。


 先生と友達は二人で暗闇の中に消えていった。




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